◇募集のお知らせ②◇ ユニオン・スキースクール

 <日時> 2020年1月10日(金) 10:00 〜 14:00
 
<会場> 藻岩山スキー場ファミリーゲレンデ・・現地集合、現地解散
 <対象> 小学生
札幌および近郊に避難居住されているお子さんは出身地域を問いません
 <定員> 12名・・・先着順に受付て定員になり次第締め切ります   
 
<参加費> 無料
 
 <内容> 
3学期のスキー学習に備えて応援します
 <指導> 札幌市内の小・中学校の有志の先生たち
 
 <申込方法>
メール▶︎  info@mimisuma-sapporo.com
〆切り▶︎ 12月10日(火)・・・先着順に受付て定員になり次第締め切ります
 
 <主催・問合せ >  NPO法人みみをすますプロジェクト 090-3390-9946(みかみ)

◇募集のお知らせ①◇ 第14回元気塾ユニオンハート冬休み教室

<日時> 2020年1月9日(木)
午前の部 10:00〜12:00 午後の部 13:00〜15:00
<会場> 札幌エルプラザ2階 環境研修室
札幌市北区北8条西3丁目(札幌駅北口向かい)
 
 <対象> 小学生・中学生・ OBOG高校生
・札幌および近郊に避難居住されているお子さんは出身地域を問いません
・冬休みで札幌に来ている被災地のお子さんも歓迎します
◆未就学のお子さんは参加いただけませんのでご了承ください
 
 <定員> 20名・・・先着順に受付て定員になり次第締め切ります   
 
<参加費> 無料
 
 <内容> 
小学生・・国語、算数を中心に冬休みの宿題を応援します
中・高校生・・数学、英語を中心に自分の課題に沿った学習応援をします
 <指導> 札幌市内の小・中学校の有志の先生たち
 
 <申込方法>
メール▶︎  info@mimisuma-sapporo.com
〆切り▶︎ 12月10日(火)・・・先着順に受付て定員になり次第締め切ります
 
 <主催・問合せ >  NPO法人みみをすますプロジェクト 090-3390-9946(みかみ)

応援カレンダーのお知らせ

「12人の絵本作家が描く応援カレンダープロジェクト」さんが、東日本大震災で被災した子どもたちの支援をしている団体への寄付をされています。

2020年版の寄付先として「311受入全国協議会」を選んでくださいました。

その購入申し込みが始まりましたので、お知らせいたします。

以下のURLから直接購入できます。ぜひご協力ください。

https://12ehoncalendar.com/


10月福島県での活動報告④ 川俣町(かわまたまち)訪問

日時 : 2019年10月28日(月)

東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所の大事故による影響を受けて被災された多くの方たちが広域避難を余儀なくされました。放射能による環境汚染は深刻な状況を生み、福島県内の教育現場も前代未聞の事態の中で悪戦苦闘の日々でした。

最初は子どもたちの健康被害を心配するお母さんたちとのつながりで始まった私たちの支援活動は、やがて学校単位の移動教室をぜひ北海道で実現させようという支援事業を誕生させました。そして私たちの提案に真摯に向き合ってくださったのが川俣町教育委員会でした。

川俣町の町内6つの小学校を5ヶ年で一巡させる移動教室「北海道宿泊学習」は2015年に始まり、最終回を迎えた今年度の移動教室を6月に無事終了することができました。この日は川俣町役場を訪問し、町長さんはじめ教育委員会のみなさまに終了のご挨拶とご報告をし、今年度参加してくれた飯坂小学校の子どもたちにも会いに行きました。

台風19号被害の対応で大変な時にもかかわらず、町長室では佐藤町長、佐久間教育長をはじめ川俣町役場のみなさまが笑顔で迎えてくださり、北海道栗山町での自然体験や野外教育の実践、栗山町立角田小学校との交流やアイヌの方から歴史や文化を学ぶ合同学習、札幌市内の社会見学等の様子をご報告しました。町長や教育長からは5年間の「北海道宿泊学習」運営に対する労いと感謝の言葉をいただき、今後も川俣町と栗山町のつながりを発展的に続けて、川俣町の小学生・中学生・高校生を北海道でぜひ学ばせていきたい意向もお聞かせいただきました。

川俣町役場には毎夏「川俣サッカースポーツ少年団」の小学生を北海道に連れてきてくださる監督の畑さんも職員として勤務されています。この日は姿が見えなかったので残念に思いながら役場を後にしようとした時、北海道ではいつもサッカーウェアの畑さんがワイシャツ姿で追いかけてきてくれました。駐車場でほんの少し立ち話をしましたが、川俣町内の台風被害は思った以上に深刻で、役場職員だけでは手が足りず、他からも応援に来てもらってフル回転で対応に追われているそうです。束の間の再会でしたが、来年の夏も北海道で会うことを約束して畑さんにも見送っていただきました。

 

次に飯坂小学校へと移動です。飯坂小学校も台風被害に遭い、敷地手前に流れている小川が氾濫してコンクリート製の橋が壊れてしまったため、今は臨時の対応で登下校をしていました。復旧工事をしている学校前の現場では長靴姿の佐々木教頭先生が私たちを出迎えてくださいました。

そして体育館で待っていてくれた5、6年生のみんなと再会することができました。子どもたちはつい先日行われた学習発表会で北海道宿泊学習の体験を劇にして発表しましたが、その発表劇を私たちのために再現してくれました。どのシーンも北海道での3泊4日の様子が生き生きと表現されていて、仲良しの子どもたち9人が思い出をつなぎ合わせて劇に作り上げてくれたことがよくわかりました。ラストは歌が大好きな9人の合唱で「愛にできることはまだあるかい♫」でした。素晴らしい表現力と9人の美しい歌声に私たちは感動して胸がいっぱいになり、嬉し涙がたくさんこぼれました。

担任の鳴川先生は学習発表会の内容を別の形で考えていたそうですが、子どもたちみんなの「劇にしたい!」という思いをくんで今回の発表になったそうです。学習発表会の直前、福島県は台風による大きな被害に遭い、川俣町内も浸水や土砂崩れなどが多発しましたが、「こういうときだからこそ、みんなの劇で地域の皆さんを元気づけよう」と子どもたちは一生懸命演じたのだそうです。

お別れの前には、楽しみに待っていてくれた宿泊学習当日の様子を記録した映像のDVDと報告書をひとりずつにプレゼントし、あらためて「北海道はいつでもみんなを待っていますよ」と伝えることができました。

支援活動で最初に川俣町を訪問したのは2012年でしたが、この最初の訪問やその後の山木屋仮設住宅支援に至るきっかけを作っていただいた福島県の佐々木宗隆さんにも今回はご同行いただきました。5ヶ年計画の移動教室が無事成し遂げられた背景には佐々木さんはじめ多くの方たちの熱い思いとご協力がありました。子どもたちの素晴らしい笑顔と歌声は皆様への贈り物だと感じています。ありがとうございました。

みみすま事務局一同


10月福島県での活動報告③【特集】原発事故被災地現地学習会 2019 ~福島第一原発から10キロ圏内を巡る~

日時 : 2019年10月27日(日)08:00~16:00

主催 : 浄土真宗本願寺派北海道教区 重点プロジェクト実行部会

協力 :  南相馬市小高区塚原のみなさま、 NPO法人つながっぺ南相馬

コーディネート :  踏青楽舎、 NPO法人みみをすますプロジェクト

参加者:重点プロジェクト実行部会メンバー6名、みみすまスタッフ2名、一般参加2名 計10名

< 見学コース >郡山駅前出発 → 高速道路でいわき方面へ → 広野 JCから 国道6号線に降りて楢葉町へ →楢葉町  Jビレッジ → 汚染土保管場所(仮置場)→ 富岡町「夜ノ森」桜並木 → スクリーニング場 → 大熊町 役場新庁舎 → バリケード地帯 → 国道6号線を北上して福島第一原発を正面に眺めつつ「クレーン保管場所」→ 双葉町 → 浪江町 → 南相馬市小高区塚原公会堂

***

台風19号が福島県内にも大きな被害をもたらしてから二週間後の10月27日(日)、浄土真宗本願寺派北海道教区重点プロジェクト実行部会主催の「原発事故被災地現地学習会2019」が開かれました。2012年から毎年実施されてきた現地学習会は今年で8回目を数えました。

◆楢葉町まで:

郡山駅前を出発。いわき市方向に向かう高速道路に入ると、自衛隊の災害派遣のジープやトラックが連なっていました。私たちが現地入りする前日の25日夜、福島県には再び大雨が降り、特に浜通りのいわき市や相馬市、新地町などでは記録的な降水量となって避難警報が出されました。自衛隊の車輌はここが台風と大雨の被災地であることを実感させます。

常磐自動車道から国道6号線に入り大熊町の「中間貯蔵施設」へと向かう道は、土日を除く週5日、汚染土を運ぶ2,500台ものトラックが走っているため常に渋滞しています。大熊町の中間貯蔵施設で2019年度に受入れる汚染土は400万㎥を予定しています。1日当たりの総量は県内各所から運び込まれてくる量も合わせて12,800㎥となります。

◆楢葉町:

常磐自動車道から国道6号線に入って最初はJビレッジに寄りました。Jビレッジは1997年、東京電力が地元貢献策として130億円をかけて建設、寄贈した日本サッカー界初のナショナルトレーニングセンターです。福島第一原子力発電所事故に伴い、事故直後からは国が管理する原発事故の対応拠点となっていましたが、2018年7月より部分的に再開し、同年9月には新しい全天候型練習場の利用が始まりました。来年のオリンピックで聖火リレーのスタート地となることが決まり「復興の象徴」と位置付けられています。日曜日のこの日は少年サッカーチームの大会があるのでしょうか、県内各地から来たマイクロバスが次々と子どもたちを降ろして行きます。7面ある天然芝のピッチでは小学生、中学生、高校生の子どもたちがそれぞれにボールを追いかけていました。

しかしこのJビレッジの次に向かった汚染土の保管場所(仮置場)はまったく真逆の世界でした。先ほどのJビレッジから僅か5分、2.7Kmの距離に大きな仮置場が存在し、広い敷地に汚染土の入ったフレコンバックが黒々と積み重ねられている風景には唖然とさせられました。画像では見慣れているはずの「汚染土の入ったフレコンバック」ですが、実際に見るとその大きさと重量感に圧倒されてしまいます。「処理」はいつ終わるのか、終わる日が来るのか、少なくとも次の世代にまで続く大変な課題を残してしまったということを強く感じずにいられません。そしてこんな仮置場の近くで多くの子どもたちがサッカーなどの野外スポーツをしていることやもう安全だと信じ込まされている事実に強い憤りを感じました。

◆富岡町:

次は富岡町へと北上します。福島市に避難していた人たちが創った「富岡町さくらサロン」で度々お話を聞かせていただいたSさんご夫妻は富岡町のご自宅に帰還されました。今回は残念ながら県外にお出かけ中で再会が叶いませんでしたが、ご自宅近くまで行ってみました。原発事故前は192世帯いた地域ですが、避難解除になって帰還されたお宅は僅か2世帯のみで夜間は特に淋しい雰囲気だろうなあと感じました。

バリケードで封鎖された地域を車窓から眺めながら桜の名所「夜ノ森」桜並木に行きました。全長2.5キロのうち2.2キロの区間が「帰還困難区域」として立ち入りが制限されてきましたが、今年4月6日、事故後初の特別な試みとして避難生活を続けている町民がバスの中から桜の咲く風景を懐かしく楽しんだそうです。

桜並木入り口の向かい側では子どもたちが通えなくなった富岡第二中学校のグランドにすすきが生い茂っていました。原発事故一年前の2010年4月、中学一年生の子どもたちはこの桜並木を通って入学式に向かった姿が想像されます。入学した翌年から避難生活を経験させられたその子どもたちも今は20代の大人になってしまいました。富岡町では北東部地域が今も帰還困難区域です。

◆大熊町:

帰還困難区域に一時的に出入りする人たちが並ぶスクリーニング場を道路わきに見ながら大熊町に向かいます。全町民11,505人が町外への避難を余儀なくされた大熊町は「帰還困難区域」「居住制限区域」「避難指示解除準備区域」の3つに区分されていましたが、町民の約96 %が居住していた地域が帰還困難区域となってしまいました。今年4月、大川原と中屋敷両地区の避難指示が解除されましたが帰還した町民はわずかです。 JR常磐線大野駅そばにあった町役場の庁舎は大川原地区に移転。5月に業務を開始した大熊町役場の新庁舎にも行ってみましたが、庁舎の前には復興公営住宅が建設中でした。実際に車から降りたのはここまでです。後は車内からの見学のみとなりました。

福島第一原発から5キロ圏内に入りました。車で通れる県道や国道の左右の脇道には「帰還困難区域」の看板とバリケードが続きます。帰還困難区域の中に自宅のある方は自宅にものを取りに行くにも許可証が必要で、時間も日中のみの制限が今も続いています。行程中は持参した線量計で車内の空間線量を測定していましたが、最大値は大熊町での毎時2.59マイクロシーベルト(μSv)でした。空間線量の高い地域を通った影響で頭痛がしたり、口の中や喉の粘膜に炎症が起きました。

移動中、窓から見えるのは生活の匂いを感じることが難しくなってしまった景色でした。人の住む家と住まない家はひと目でわかり、色彩の薄くなった風景の中で空き地にとめられた重機の人工的な色が浮かび上がります。避難が解除されて戻ってきても、かつてのような賑わいはなく、人の住まない家は雑草が伸び、子どもの姿もない暮らしに帰還した人々は淋しさを感じるのではないでしょうか。となり近所から自然に聞こえてくる物音や声、歩きながら目に入る手入れされた庭の花々、挨拶を交わす人の和、そういうものがあってこそ「人の暮らし」は成り立つものだと思います。

大熊町が今年3月に実施した「帰還意向アンケート」によると、戻りたいと考えている(将来的な希望を含む)14.3 % 、まだ判断がつかない28.4 % 、戻らないと決めている55.0 % 、無回答(不明)2.3 % という結果が出ています。様々な不安を抱える子育て世代がこういう町に帰還したくないと思うのも当然です。厳しい避難生活を終えてようやく帰ることが許された町はバリケードで仕切られる町に変貌し、2011年の原発事故の被害は今も形を変えて続いていました。

大熊町の中間貯蔵施設(保管場所)に県内の汚染土や特定廃棄物の搬入が開始されたのは2015年3月13日からです。現在、国は事故が起きた福島第一原発を囲む形で大熊町と双葉町に中間貯蔵施設を計画。受入・分別施設や土壌貯蔵施設などを建設中です。大きなクレーンが立ち並ぶ中間貯蔵施設の敷地とその先にある福島第一原発を眺めながら国道6号線を更に北上して双葉町から浪江町そして南相馬市小高区へと移動しました。

 

◇◇南相馬市小高区塚原「帰還者交流いも煮会」と法要:

12 : 20 第一原発から20キロ圏内の南相馬市小高区の塚原公会堂に到着。

帰還された地元のみなさんが催す「交流いも煮会」に参加させていただきました。午前中は曇っていた空がいつの間にかきれいな青空になり、会場に着いたときには夏のような明るい陽ざしです。区長の今野由喜さんや塚原のみなさんは笑顔で温かく迎えてくださり、手際よく盛り付けてくださったずんだのおはぎや豚汁、バーベキュー、おにぎり、焼きそばなどをお腹いっぱい御馳走になりました。

食後はあちこちのテーブルにまざって地元のみなさんと交流しました。「あの日地震が起きた後、大きな壁のように津波が向こうから押し寄せてくるのを見て本当に怖かった。しばらくはその時のトラウマが消えなかった」とお話ししてくださる方がいました。「あの日はちょうど中学校の卒業式が終わって帰宅した時だったので、子どもたちと一緒に高台まで避難して助かったんです」と話すお母さんもいました。「原発事故のせいで避難しろになったけど、福島県の津波の犠牲者のことはほとんど報道されなかった」と当時のことをふり返る方もおられました。

北海道から来たということで賑やかにお話が広がったころ、ふと空を見ると数えきれないくらいのトンボの大群が飛んでいます。「ここはいつもこんなふうにトンボが来るんですか」と地元の方に尋ねると「そんなことはないんだけど、これからお坊さんがお経をあげてくれるって聞いてるから、お参りにきたのかもしれないね」と答えてくださいました。みなさんと和やかに交流する風景の向こうには新しい防波堤で仕切られた海原が広がっていました。

塚原地区では2011年3月の大震災の津波で114世帯の6割が被災し、5歳の子どもさんを含む16名の尊い命が奪われています。この日は亡くなった方たちのご供養のために重点プロジェクトのみなさんが法要を行わせていただくことになっていました。交流の後、僧侶のみなさんは慰霊碑の前に集まって法要の打ち合わせです。

公会堂の隣に建てられた慰霊碑の前で6名の僧侶のみなさんが声を合わせてお経を唱える中、ひとりひとりがお線香を供え、参列者全員が心を合わせて祈る時間となりました。法要の間も無数のトンボたちは参列者の頭上の空を飛び回っていたのですが、不思議なことにお経が終わると同時にすっと公会堂の裏のほうへと消えていきました。塚原地区のみなさんには「なんだか心が洗われました」とこの法要をとても喜んでいただきました。

現地学習会でここを訪問させていただくことになったご縁を深く感じると共にお坊さんたちと一緒に活動していることの意味を教えられた気がします。最後に一行を代表して日笠部長(室蘭・本光寺住職)が温かく迎えてくださったみなさんに感謝のご挨拶をして塚原地区の訪問を終えました。

 

◇◇今野由喜さんのお話 :

塚原区長の今野さんは NPO法人つながっぺ南相馬の代表もされています。 NPO法人つながっぺ南相馬が運営する「陽だまりサロン~紅梅」に移動して今野さんのお話をお聞きしました。

都会生活や海外勤務が長かった現役時代を終え、故郷に帰ってきた今野さんご夫妻はご両親や長男さん一家と四世代で暮らしていました。2011年3月11日に東日本大震災が起きて、津波がくる前の小一時間に家族を避難させた当時副区長の今野さんは、お役目として海側のお宅を自転車でまわって避難を呼びかけ、最後にご自分が車に乗って避難する途中で津波にのまれました。車の中も浸水して一時は意識を失いかけましたが、幸い消防団の方に発見され九死に一生をえて今野さんは助かりました。

高台の避難所でご家族と合流してからは、発電機など必要な物を集めたり、炊き出しをしたりして地区のみんなで力を合わせて避難所を機能させようとしました。3月11日当日の塚原地区は孤立していたため、医療支援が受けられなくて、なんとか避難所まで連れて来たのに夜に亡くなった方もいました。

翌3月12日、自衛隊の先遣隊がバイクで来てくれて、地区の高台から自衛隊のヘリコプターで住民のピストン輸送してもらいました。この日自衛隊の災害救助隊と協力して地域の行方不明者の捜索をしている最中にバーンというスプレー缶が爆発したような音が聞こえました。第一原発が爆発した音でした。下の息子さんから「第一原発が危ない !!」と連絡が入り、12日は南相馬市原町区のおばさんの家に避難移動しました。

13日朝、息子さんから「もっと遠くに逃げろ !!」と連絡が入り、飯館村、福島市、米沢市を経由して山形市まで家族みんなで避難しました。最初は車5台で出発しましたが雪がすごくて、夏タイヤだった車は途中で置いて最終的に3台で避難しました。

山形市に家族を残して4月から南相馬市に単身で戻り、地元で情報収集をしながら支援活動に従事しました。災害 FM局が5月にスタートしましたが、一番情報を求めている鹿島などの仮設住宅には電波が届いていませんでした。仕事で培った技術力を生かして仮設の4つの集会所の屋根にアンテナを設置して電波が届くようになりました。こうして2011年の11月に任意団体として「つながっぺ南相馬」をスタートさせました。

小高区全住民、約12,800名の方々の避難生活は2018年7月まで続きました。しかし、警戒区域指定解除後も帰還されたのは3,500名あまり、塚原では114あった世帯数が今は37世帯です。また、三世代、四世代で暮らす家の多かった地区ですが、高齢の方々は生まれ育った土地に帰ることを望み、若い世代は子どものために安心できる場所での暮らしを選ぶといった世帯分離も多く起きています。

帰還が始まってもそれまで多くの住民が生業としていた米作りはまだ再開されていません。先日発表された計画は、小高区の米作り再開まであと4年かかるというものでした。元の暮らしが成り立たない中で避難指示が解除されていったことへの疑問を感じますし、多くの方が故郷に戻ることを選べない理由にもなっています。子どもの数も大きく減り、元は地区内に4校あった小学校を1校に統合しても現在は在校生が60名に満たず、さらに新入生が少ないため、結果として児童数が減り続けている状況です。

今野さんは、「日々の生活の中では、原発のことはとりあえず心の奥に沈め、暮らしを維持してゆくこと、今日より少しいい明日を作ること、地域の賑わいを取り戻すことを考えるようにしていますが」と前置きをして、次のようにお話をまとめてくださいました。

「海と生きる者の宿命として、自分たちは日頃から津波を意識していたにも関わらず、その意識を超える津波が来た。それを経験して言えることは、あのように孤立しても、その場にいる人々が協力して、最低2日間は自分たちだけで乗り切る心構え、備えをしておくこと。ああいう状況では、役場の職員にも病院の職員にも家族があり、警察も消防も被災するということを覚えておかなくてはならない。」

「どんな大切な『もの』も、自分の命とは交換できない。現金、通帳のような普段は貴重品と言われるものも、自分の命と交換はできないのだから、助かるはずの命を失ってはならない。」

「原発が安全か、安全でないかということについて、専門家たちの見解が一致していない。事故後、それぞれの学者がそれぞれ勝手な意見を言いに来た。被災者である自分たちに言わせれば、あれは売名行為だ。こういう議論は学会の中で決着をつけてもらいたい。素人の我々をいたずらに惑わせるようなことはしないでほしい。」

「政府も、東電も、学者も、『原発は安全』と何十年も言い続けてきた。しかし、2011年の震災でそれが覆され、多くの尊いいのちが奪われ、多くの方々が震災から9年目を迎える今も避難先から故郷に戻れずにいる。交通事故でも、泥棒でも、罪を犯した者には罰が課せられるのに、国が関わったこの大事故については、誰一人過ちを認めず、誰一人罰を受けず、誰も責任を取ろうとしない。何かがおかしくはないか。日本は法治国家なのか。」

「自分は技術者としてこう考えている。技術としての側面から見た原子力発電は、まだ完成していない技術を使った産業である。製品というのは、材料が加工されて商品となり、使われ、使い終わったら廃棄される、そのサイクルができているものだ。その意味で、原発は完成された技術ではない。原発によって生まれる廃棄物の処理を後世に課題として残したままにし、自分たちの世代の繁栄を追求しているが、それは正しいことなのか。ここに原子力発電の大きな問題がある。自分たちの生活はそういう技術の上に成り立っているということを認識しなくてはならない。さらには汚染水の問題、安全に廃炉ができるのかという問題も残っている。」

今野さんは微笑みながらこのようにお話を締めくくりました。

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◇陽だまりサロン(NPO法人つながっぺ南相馬)南相馬市小高区本町1-18

http://www14.plala.or.jp/yamaki_farm/index.html

◇ブログ『今日の南相馬市小高区』

https://blog.goo.ne.jp/konno_y/e/8ff4ae2e0ca585ac61ec0c0b1ccf82f1

今野さんのお話は大変深い内容でした。津波にのみ込まれて奇跡的に助かった直後から地域の人たちのために頑張って来られた今野さんには本当に頭が下がります。「そのうちゆっくり北海道をひとり旅したい」と仰っていた今野さんの夢が実現することを願っております。お体くれぐれもご自愛ください。ありがとうございました。

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東京電力福島第一原発から10キロ圏内を巡り、20キロ圏内で暮らす方たちとの交流もさせていただきました。どなたにもかけがえのない人生があり、今この時を幸せに生きる権利があります。私たちは何を大切にして生きるべきなのでしょうか。そういうことを考えさせられる現地学習会でした。お世話になったみなさまに深く感謝を申し上げます。

(報告) みかみめぐる、米永明恵

***「資料」の欄でこの報告をまとめた報告書(24ページ)をご覧になれます

 


10月福島県での活動報告② 第3回ほっこり同窓会

日時 : 2019年10月26日(土)18:00~20:00

会場 : 福島県郡山市 「中華料理・珍満」

主催 : 浄土真宗本願寺派北海道教区 重点プロジェクト実行部会

協力 :  NPO法人みみをすますプロジェクト、根本塾

 

夜はほっこり同窓会です。

2013年の冬休みからスタートした親子保養「ほっこりプロジェクト」は今年の夏休みで12回目を数えました。

同窓会は2017年から行っていますが、保養の時に出会って仲良くなったお母さん同士、子ども同士の楽しい再会の場でもあるので、皆さんとても楽しみにしてくれています。今回は台風被害の影響で少人数になると思っていましたが、申し込みがどんどん増えて栃木県からの親子さんも含め全体で42人(北海道からは10人)と大盛況でした。

参加者を代表して昨年冬に家族参加されたお父さんからもご挨拶をいただきました。ほっこりに参加した人達それぞれが宿泊した北海道のお寺の方達と親しくなれているこのご縁に感謝していること、道中のフェリーの中で参加者同士が仲良くなって色々な悩みも話し合えることが大切だと感じていることなどをお話しいただきました。

北海道東部の根室半島に近い別海町の本覚寺さんでは、ほっこりプロジェクトとは別に単独で郡山市の根本塾の中学生たちを夏休み保養で受け入れています。今年の夏に別海にやって来た男子中学生と住職の加藤さんは嬉しい再会の夜になりました。

みみすま企画で札幌にやって来た根本塾の中学生達は今は高3受験生です。同窓会には参加できませんでしたが、差し入れのお菓子をとても喜んでくれました。郡山市内も被災して今は大変ですが、体調に気をつけて大学受験も頑張ってくださいね。


10月福島県での活動報告① ほっこりプロジェクト冬休み保養〈単独〉相談会

日時 : 2019年10月26日(土)13:00~16:00

会場 : 福島県教職員組合・郡山支部会館 福島県郡山市桑野2丁目33−9

主催 : 浄土真宗本願寺派北海道教区 重点プロジェクト実行部会

協力 :  NPO法人みみをすますプロジェクト、ほっこり同窓会有志

 

台風19号の大きな被害に遭ったばかりの福島県では各地で多くの方達が水害や土砂崩れなどの復旧作業に追われておりました。そんな時期に開催するのはどうしたものかと悩みましたが「こんな時だからこそぜひ会いに来てください !!」と関係者のお母さん達から声が上がり予定通りの実施となりました。

北海道の人達から相談会用にと美味しい新米と秋野菜のご支援をいただき、今年はその受け取りと搬入をほっこり同窓会のお母さんが担ってくれました。前日の鍵の受け取りや当日の鍵あけも別のお母さんが担当してくれました。この日朝一番の仙台行き飛行機で北海道からやって来たスタッフ達は早速会場でプレゼント用のお米や野菜の袋詰めを行って準備オーケー。

単独相談会はのんびりムードではじまりました。

ほっこり保養に参加したことがあるママ友から紹介されて初めてやって来たお母さんには、冬の北海道の気温や服装、楽しみ方などを丁寧に説明。以前参加してくれたお母さんと子ども達がやって来ると「わぁ~大きくなったね~」とみんなが笑顔になりました。2011年の原発事故当初から北海道に保養に来ていたお母さんが今はおばあちゃんになって「孫と一緒でも参加できますか ?」と相談に来てくれました。

「娘が一足早く大学に合格しました」と報告に来てくれたお母さんもいました。最初に出会った時娘さんは小学校3年生でしたので、そのお母さんとは思い出話が尽きなくて、大震災・原発事故後8年半という歳月をしみじみ感じるひと時でした。

今回の来場者は6組でしたが、スタッフは台風の被災状況も聞かせてもらいながら和やかな相談活動ができました。


冬休み保養〈ほっこりプロジェクト単独〉相談会のお知らせ

このたびの台風19号の被害により多くの方達がお亡くなりになりました。謹んでご冥福をお祈りいたしますと共に被災された皆様に心からお見舞いを申しあげます。

福島県内も各地で多くの被害が出ておりますので関係者の皆様とご相談させていただきましたが、「ほっこりプロジェクト」の保養 < 単独 >相談会は予定通り開催することになりました。少しでも皆様への励ましの場になればと願っております。

会場にお越しになることがご無理な方、詳しい保養内容をお知りになりたい方は下記の連絡先にお問い合わせください。

日時  2019年10月26日(土)13:00 ~ 16:00

会場  福島県教職員組合「郡山支部会館」

郡山市桑野2丁目33−9  < 駐車場あり >

https://www.its-mo.com/detail/DIDX_DKE-666196/

参加費 無料(どなたでもご参加ください。特に託児の用意はありません)

主催  浄土真宗本願寺派(西本願寺)北海道教区重点プロジェクト実行部会

協力   NPO法人みみをすますプロジェクト、 ほっこり同窓会有志

お問合せ 浄土真宗本願寺派(西本願寺)北海道教区教務所「ほっこりプロジェクト」担当 : 佐々木

電話 011−611−9623

hokkaidokyomusho@cello.ocn.ne.jp


第5回東日本大震災復興支援チャリティー 『オータムロックフェスティバル 2019 in Kurisawa 』 9月7日(土)〜9月8日(日)

若い人たちにライブの場を提供したい、被災地を忘れずに支援したい!と、サッカー保養交流合宿「キヨマップF.C.プロジェクト」の実行委員会メンバーが実現させた「東日本大震災復興支援チャリティー ・ オータムロックフェスティバル」が今年で5回目となりました。今回は出演希望バンドが多くてなんと2days 。みみすまは2日目の9/8に参加しました。

マイクを握った渡り鳥 ♪♪の菅野さんが今年も福島県川俣町から飛んできてくれました。今年のキヨマップ実行委員長をつとめたユーダイくん(川俣町出身北海道在住)も夏休みのキヨマッププロジェクトに引き続きこのロックフェスにも北見からスタッフ参加。さらにはユーダイくんのご両親や幼なじみも川俣町から来てくれてにぎやかな顔ぶれになりました。

「チャリティーライブ」だけあって、会場には安くておいしいものがいっぱいです。菅野さんが売り子さんを担当する川俣町特産のシャモの炭火焼き鳥が何と3本500円!

ロックフェスの二日目、ジャンルも世代も幅広い19のバンドが競演する中、川俣町の菅野さんはキヨマップF.C.プロジェクトの立役者沼崎先生のバックコーラスでユニコーンの「Maybe Blue」など3曲を熱唱。


そして演奏の合間に菅野さんはこんなお話をしてくださいました。

「最近、飯館村の汚染土の仮置き場で、フレコンバックと重機の間に挟まれた作業員さんが死亡するという事故がありました。国が復興事業を急いでいるので、そのスケジュールに合わせるために、最優先されるべき現場の安全管理に手が回りきらなくなってしまった結果だと思われますが、ニュースとしては大きく取り上げられていません。さらに、こういう事故が起きても現場の状況は何一つ変わっていません。小さな声でも、こういうことを語らせてもらえる場があれば、僕は声をあげ続けていきたいと思います。そして、震災から8年半となった今でも、このチャリティーロックフェスを続けてくれている栗沢町のみなさんにとても感謝しています!」トリで歌ったMR.JAMKIDSのメンバーは、昨年9月の胆振東部地震で被害の大きかったむかわ町や苫小牧の方たちです。震災後ちょうど1年経った今、思いを込めてMr.Childrenを歌う姿に会場からは大きな拍手がありました。観客からのアンコールに応えて「HANABI」も聴かせてくれました。そして最後はみんなで恒例の「Runner」を大合唱。
ロックフェスでは毎回みみすまもステージでお話しさせてもらっていますが、今回はこんなごあいさつをしました。

こんにちは。札幌の「みみをすますプロジェクト」です。

今年も東日本大震災復興チャリティの「オータムロックフェス」にご来場いただきありがとうございます。

わたし達は、2011年3月に東北地方で起きた東日本大震災と東京電力福島第一原発事故で被災された方達への支援活動を行ってきました。いろんな方達とネットワークをつくりながら、特に放射能被害にあった福島県などに住んでいる子ども達への支援を続けています。

ここ栗沢では、今年も夏休みにキヨマップ実行委員会さん主催のサッカー交流合宿「キヨマップF.C.プロジェクト」が実施され、福島県から16名のサッカー少年達が招待されました。

6回目となる今年はスペシャル企画として、昨年9月の地震で被害が大きかったむかわ町からもサッカー少年達を招待しました。この招待をとても喜んでくれた「むかわチーム」は総勢27名でやって来てくれました。

むかわチームを招待するために、岩見沢市内にも募金箱を置かせていただきましたが、たくさんのご寄付をいただいたことにあらためて感謝いたします。

8月1日に開催した「キヨマップカップ交流戦」には地元のサッカーチームも沢山参加してくれて、総勢200人くらいが小学生の部と中学生の部に分かれてリーグ戦を行いました。

この日は夏休みに韓国から札幌に来ていたサッカー好きの大学生達がこの支援活動を知り、「キヨマップを応援しよう」と急遽6名で参加するというサプライズもありました。

福島から来た中学生達は韓国から来た大学生達と自主的にコミュニケーションをとり、一緒にボールを蹴ってとても楽しそうでした。

むかわチームの小中学生も夢中になってボールを追いかけていました。

『サッカーは助け合って生きることを学ぶスポーツ』と言われていますが、今年のキヨマップは、いろんな地域の人達がダイナミックにつながって、笑顔にあふれ、正にこの言葉が生きる場となりました。

いつでも、どこでも、サッカーが好き
いつでも、どこでも、音楽が好き

いつでも、どこでも、あなたの好きなことを大切に
いつでも、どこでも、私の好きなことを大切に

あなたの好きを
わたしの好きを
みんなが応援しています

表現者としてステージに登場してくださるみなさん、
スタッフとして会場を盛り上げてくださるみなさん、
今年もありがとうございます~
キヨマップF.C.プロジェクト事務局長でロックフェスでは MC担当のチャーリーさんの発表によると、今回の来場者数は3,060人。10回目には1万人を目指している!とのこと…

9月というのに30℃となった会場は、そんな気温に負けないくらい熱い熱い雰囲気で盛り上がりました。来年のライブも大いに期待しています! 〜みなさまお疲れ様でした〜


夏休み支援活動報告 ⑦ 『 元気塾交流合宿 』 8月9日(金)〜10日(土)

元気塾の子どもたちと初めての交流合宿が実現しました。
今回全面的にご協力いただいている浄土真宗本願寺派北海道教区の「重点プロジェクト実行部会」さんは、東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所事故で被災された方たちを北海道のお寺に招待し、家族単位でゆっくり過ごしてもらう保養企画「ほっこりプロジェクト」を毎年夏と冬に実施しています。みみすまはプロジェクトの立ち上げからアドバイザーとして協働してきましたが、今回はそのご縁で「元気塾の子どもたちにも、ぜひお寺ステイを体験させてあげてください」と会場をご提供いただきました。
 
会場: 浄土真宗本願寺派 札幌別院
参加: 小学生6名 中高生3名 計9名(病欠4名)
    浄土真宗本願寺派北海道教区教務所 担当者1名 
    高校生ボランティア3名+インターアクト部顧問1名
    みみすまスタッフ4名
 
<1日目> 8月9日(金)
元気塾2日目の終わりはいつも「次の元気塾でまた会おうね〜」と言いながらなごり惜しく解散するのですが、今回はそのまま続いて特別企画の交流合宿がありました。参加できるみんなはわくわくしながら会場となる札幌別院に移動しました。「お父さんお母さんのいないお泊りは初めて」という小学生も、元気塾で一緒に過ごしたお兄さんお姉さんや札幌龍谷学園高校インターアクト部のみなさんが一緒なので安心です。
 
会場に到着すると、みんな広い畳の部屋でゴロゴロしたり、走り回ったり、すっかりお寺の雰囲気が気に入った様子。今回の合宿でお世話になる北海道教区教務所の佐々木さんから「ものを壊すようなことはしないこと。それ以外は何をしても大丈夫(笑)」とユーモアを交えながらお寺での過ごし方を教わりました。全員でひと言ずつごあいさつと自己紹介をしましたあと日帰りの子もいるので一緒に記念写真を撮りました。
大人たちは夕食のカレー作りにとりかかり、その間子どもたちはインターアクト部の学生さんたちとの「お楽しみタイム」です。インターアクト部の学生さんは、お寺が実施する「キッズサンガ」という子ども向けのプロジェクトでもボランティア活動をしているので、子どもたちを楽しませるスキルをたくさん持っています。
 
こういうときのお楽しみは定番の「ハンカチ落とし」からです。みんなは年齢も体の大きさも違いますが、小さい子のほうが動きが素早いので、中学生、高校生もすっかり本気になりました。次は「ジェスチャーゲーム」。だされたお題をみんなの前でジェスチャーだけで表現し、あててもらいます。みんな、なかなか鋭くて、とても盛り上がりました。
 
夕食のカレーとデザートのスイカを食べたあと、みんなはまた自由に遊びはじめました。お姉さんたちにおんぶしてもらって、小学生の女の子はみんなうれしそうでした。
いよいよ夜一番のお楽しみ「きもだめし」です。
教務所の佐々木さんが「みんな、お寺探検してみる?僕がこれから教えてあげる場所を、みんなだけでひと回りする勇気はあるかな~ ?!」と子どもたちを誘います。
「…きもだめし?」「私は大丈夫!」「僕はちょっと…」「でもみんなで行こう!」と、やる気満々な子も、そうでもない子も、まずは下見で佐々木さんについて2階に上がります。本堂に着くと、佐々木さんは「ここできちんとお参りすると、仏様が守ってくれるからね。南無阿弥陀仏って唱えるんだよ。」とみんなにお念仏を教えてくれました。ここから暗い廊下を通って、納骨堂を過ぎ、また暗い階段を降りて広間に戻るのです。
下見が終わって本番スタート。
男子チームと女子チームに分かれて出発です。佐々木さんが一緒だとちっとも怖くなかった「お寺探検」でしたが、やっぱりみんなだけだとたっぷり怖い思いをし、やっとの思いで戻ってきたのでした。佐々木さんがお化け役をしていたことに気づいたみんなは、「佐々木さんを驚かしてやろう!」と広間で待ち伏せし、佐々木さんが入ってきた途端に「わあっ!」とお返しをして大成功。
このあともみんなはおにごっこや風船遊びをたっぷり楽しみました。子どもたちの幸せそうな笑い声が広い別院の中にたくさん響いていました。夜のおやつもいただいて、元気塾交流合宿は消灯の時間になりました。
 
<2日目> 8月10日(土)
 
朝は6時半起床です。顔を洗って着替え、インターアクト部のお姉さんたちに手伝ってもらいながら寝袋も片付けたら、「お晨朝(じんじょう)」というお寺の朝のおつとめに参加しました。おつとめとは、お経を読んで仏さまを讃え、そのご恩に感謝すること、とされています。約40分間、小学1年生もちゃんと座って朝のおつとめを終えました。これもお寺ステイならではの体験ですね。元気塾の後に塾の夏期講習があって前の晩は合宿に来られなかった中3のYちゃんが朝早く来てくれて、このお晨朝から参加してくれました。
朝ご飯です。交流合宿の食材はオーガニック・自然食品店「らる畑」さんで準備しました。野菜も卵もしっかり素材本来の味がします。みんなは自分の食べる分をお皿に盛り付けて、色合いもきれいなビュッフェ形式の朝ご飯をいただきました。
朝ごはんの後はそれぞれ自由に遊びましたが、途中、全員で資料の封筒詰め作業をお手伝いをしました。どの子もとても熱心に佐々木さんのお手伝いをしたので、あっという間に作業が終わりました。
 
実は昨夜の「きもだめし」の後にやった「佐々木さんを探せ!」という遊びで、佐々木さんはすっかりみんなの人気者になっていました。「佐々木さんを探せ!」は、札幌別院の建物内を知りつくしている佐々木さんが隠れながら逃げるのをみんなで探す「かくれんぼ」です。運動神経抜群の佐々木さんが複雑なつくりの札幌別院中を逃げるので、子どもたちみんなで探してもなかなか捕まえることができず、その分とても盛り上がりました。楽しく遊んでくださった佐々木さんのお手伝いができて、みんなはとても嬉しそうでした。
「おわりの会」の前にはみんなでお掃除です。ほうきは畳の目に沿って、一列になって掃きます。これも佐々木さんがしっかり教えてくださいました。ロビーや廊下の絨毯はガムテープでペタペタほこりを取りました。多分こんなに熱心なお掃除は生まれて初めてかもしれません。自分たちが使わせていただいたお寺をみんなはとても熱心にお掃除しました。
お迎えの保護者も交えての「おわりの会」では、楽しかったこと等の感想をひとりずつ発表しあい、最後に1泊2日の交流合宿を全面的にサポートしてくださった教務所の佐々木さんとインターアクト部のお姉さんたちに、全員を代表して小学6年生のMさんがお礼をのべました。こうして初めての元気塾交流合宿はみんな笑顔で無事終了しました。
 
 
今回特に印象深かったのはインターアクト部の高校生のみなさんの活躍でした。元気塾3日間の全てのプログラムに力を発揮し、全力で心から向き合ってくれる高校生のお姉さんやお兄さんの登場は、元気塾の小学生や中学生そして同年代の高校生の心に爽やかな風を吹かせてくれました。
 
浄土真宗本願寺派の関係者のみなさま、札幌龍谷学園高校インターアクト部顧問の先生と学生さんたち、快く厨房を使わせてくださった札幌別院厨房責任者の輪島さま、安心安全な食材を提供くださった自然食品店らる畑さま、そして子どもたちを送り出してくださった保護者のみなさん、楽しんでくれた元気塾のみんなに心より感謝を申し上げます。
 
NPO法人みみをすますプロジェクト 
事務局一同