日時 : 2019年10月28日(月)

東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所の大事故による影響を受けて被災された多くの方たちが広域避難を余儀なくされました。放射能による環境汚染は深刻な状況を生み、福島県内の教育現場も前代未聞の事態の中で悪戦苦闘の日々でした。

最初は子どもたちの健康被害を心配するお母さんたちとのつながりで始まった私たちの支援活動は、やがて学校単位の移動教室をぜひ北海道で実現させようという支援事業を誕生させました。そして私たちの提案に真摯に向き合ってくださったのが川俣町教育委員会でした。

川俣町の町内6つの小学校を5ヶ年で一巡させる移動教室「北海道宿泊学習」は2015年に始まり、最終回を迎えた今年度の移動教室を6月に無事終了することができました。この日は川俣町役場を訪問し、町長さんはじめ教育委員会のみなさまに終了のご挨拶とご報告をし、今年度参加してくれた飯坂小学校の子どもたちにも会いに行きました。

台風19号被害の対応で大変な時にもかかわらず、町長室では佐藤町長、佐久間教育長をはじめ川俣町役場のみなさまが笑顔で迎えてくださり、北海道栗山町での自然体験や野外教育の実践、栗山町立角田小学校との交流やアイヌの方から歴史や文化を学ぶ合同学習、札幌市内の社会見学等の様子をご報告しました。町長や教育長からは5年間の「北海道宿泊学習」運営に対する労いと感謝の言葉をいただき、今後も川俣町と栗山町のつながりを発展的に続けて、川俣町の小学生・中学生・高校生を北海道でぜひ学ばせていきたい意向もお聞かせいただきました。

川俣町役場には毎夏「川俣サッカースポーツ少年団」の小学生を北海道に連れてきてくださる監督の畑さんも職員として勤務されています。この日は姿が見えなかったので残念に思いながら役場を後にしようとした時、北海道ではいつもサッカーウェアの畑さんがワイシャツ姿で追いかけてきてくれました。駐車場でほんの少し立ち話をしましたが、川俣町内の台風被害は思った以上に深刻で、役場職員だけでは手が足りず、他からも応援に来てもらってフル回転で対応に追われているそうです。束の間の再会でしたが、来年の夏も北海道で会うことを約束して畑さんにも見送っていただきました。

 

次に飯坂小学校へと移動です。飯坂小学校も台風被害に遭い、敷地手前に流れている小川が氾濫してコンクリート製の橋が壊れてしまったため、今は臨時の対応で登下校をしていました。復旧工事をしている学校前の現場では長靴姿の佐々木教頭先生が私たちを出迎えてくださいました。

そして体育館で待っていてくれた5、6年生のみんなと再会することができました。子どもたちはつい先日行われた学習発表会で北海道宿泊学習の体験を劇にして発表しましたが、その発表劇を私たちのために再現してくれました。どのシーンも北海道での3泊4日の様子が生き生きと表現されていて、仲良しの子どもたち9人が思い出をつなぎ合わせて劇に作り上げてくれたことがよくわかりました。ラストは歌が大好きな9人の合唱で「愛にできることはまだあるかい♫」でした。素晴らしい表現力と9人の美しい歌声に私たちは感動して胸がいっぱいになり、嬉し涙がたくさんこぼれました。

担任の鳴川先生は学習発表会の内容を別の形で考えていたそうですが、子どもたちみんなの「劇にしたい!」という思いをくんで今回の発表になったそうです。学習発表会の直前、福島県は台風による大きな被害に遭い、川俣町内も浸水や土砂崩れなどが多発しましたが、「こういうときだからこそ、みんなの劇で地域の皆さんを元気づけよう」と子どもたちは一生懸命演じたのだそうです。

お別れの前には、楽しみに待っていてくれた宿泊学習当日の様子を記録した映像のDVDと報告書をひとりずつにプレゼントし、あらためて「北海道はいつでもみんなを待っていますよ」と伝えることができました。

支援活動で最初に川俣町を訪問したのは2012年でしたが、この最初の訪問やその後の山木屋仮設住宅支援に至るきっかけを作っていただいた福島県の佐々木宗隆さんにも今回はご同行いただきました。5ヶ年計画の移動教室が無事成し遂げられた背景には佐々木さんはじめ多くの方たちの熱い思いとご協力がありました。子どもたちの素晴らしい笑顔と歌声は皆様への贈り物だと感じています。ありがとうございました。

みみすま事務局一同